【LADYCO】は女性の特徴を知って素敵な彼女を目指すメディアです。

 

特徴を知って素敵な彼女に!


https://ladyco.net/blog/20180521111033.html
「断腸の思い」とは?その意味・使い方

「断腸の思い」とは?その意味・使い方 | LADYCO

LADYCO
「断腸の思い」とは?その意味・使い方

「断腸の思い」という表現を、耳にしたり、あるいは目にしたりする機会があることと思います。

字面からして、腸を断つなんてどう考えても痛そう、だから、何か悲惨な思い・気持ちであるような推測はたつことでしょう。

ただ、正確な意味や使い方は、いまひとつわからないという方も多いのではないでしょうか。

そこで、「断腸の思い」とはどんな意味なのか、どんな風に使うのかについて、整理してみましょう。

  • 意味
  • 由来
  • 使い方?OK例
  • 使い方?NG例
  • 類似表現
  • まとめ

1. 意味

意味

「断腸の思い」とは、はらわたがちぎれるような気がするということ、つまり、それほど悲しくつらい思い、という意味です。

ただ単に悲しいのではなく、悲しくて、つらくて、もうどうにも気持ちのやり場が見つからない、というほど激しくつらい悲しみを感じる場合にふさわしい表現といえるでしょう。

2. 由来

由来

この言葉は、中国の故事に由来しています。

昔々の中国で、ある武将が船に乗り目的地へ向かっていたところ、従者が子猿を捕まえて船に乗せました。

ところが、その子猿をなんとか取り返そうと、子猿のお母さん猿が船を追いかけてきました。

お母さん猿は、船を追って岸沿いを何キロも何キロも走り、やっと船が岸に近づいたところを狙って、船に飛びうつりました。

やっとの思いで子猿の乗っている船にたどり着いたものの、そこで力尽きてしまったお母さん猿。

しかし、残念ながら、命が尽きてしまったのでした。

船に乗っていたものたちが母猿のお腹を割いてみると、なんと腸がズタズタにきれていたのです。

このことから、はらわたがズタズタにちぎれるような悲しみを「断腸の思い」というようになったのです。

3. 使い方?OK例

使い方?OK例

ここまでの説明からわかるように、とにかく苦しいほどつらい場合にふさわしい表現です。

たとえば、ある競技でオリンピック出場選手を決定する際、同じような実力・キャリアで、年齢的に最後のチャンスと言える選手が二人いたとします。

出場枠はあと一人。

誰もが二人にチャンスを与えたいと思っている状況です。

そこで出場選手を決定しなければならない監督なり協会は「断腸の思いで、一人に絞る」わけです。

また、引越しを機に自分の持ち物を整理しなければならない状況があるとします。

子供の頃、大好きだった人形やぬいぐるみが大量にあります。

新居に持っていくには多すぎる上、ずっと、いつかは処分しなければならないと考えていたとします。

これが良い機会、と「断腸の思いで、さよならする」

このように、「断腸の思い」という表現がふさわしい場合というのは、かなり究極的な場合といえるでしょう。

何かについて究極の決断をしなければならないような場面で使われることが多いといえます。

このような、ある種、極端な表現は、なかなか使う機会が少ないといえるかもしれません。

4. 使い方?NG例

使い方?NG例

OK例でみたように、かなり極端な表現といえるので、軽いニュアンスで用いると、少しおかしな印象を与えてしまう恐れがあります。

たとえば、1等6億円を期待して買った宝くじ。

残念ながら全てハズレ番号だった場合に「断腸の思いで、破り捨てる」という使い方は、大げさすぎます。

仮に、全財産をつぎ込み一攫千金を狙っていた場合であれば、ふさわしいのかもしれませんが、10枚程度、夢を買ったにすぎない場合は、ふさわしくありません。

甘いものが大好きな人が、「ダイエットをしているので、断腸の思いでケーキを食べることをあきらめた」というのも、冗談としてなら面白い表現かもしれませんが、本来の意味で使うには軽すぎる場合といえるでしょう。

また、用い方という点からは、「ペットの猫が死んでしまい、断腸の思いがする」というのは少しおかしな用い方となります。

確かに、立ち直れないほど悲しくつらい気持ちではあるのですが、このような使い方は通常されません。

先にも述べたように、どちらかといえば究極の選択に迫られた場合に用いられる表現といえます。

「断腸の思いで?する」「?という事となり、断腸の思いである」といったように使うのが自然です。

5. 類似表現

類似表現

「断腸の思い」と同じような、どうしようもなく辛く悲しい気持ちを表す表現としては、「胸が張り裂けそうな思い」や、「身を切られるような思い」「胸がつぶれるほどの思い」「胸を締め付けられるほどの気持ち」「胸がえぐられる思い」などが挙げられます。

ただ、確かにどれも「痛そう」な表現ですが、やはり「断腸の思い」という表現の方がつらさがより強く表現されている印象です。

また、ほかの表現は単に悲しみを表す場合に用いても自然ですが「断腸の思い」は何かの決定に際して用いられる場合が多く、ほかの類似表現よりも使う場面が限られる表現といえるでしょう。

まとめ

ここまで「断腸の思い」について整理してきましたが、意味・使い方についてご理解いただけたでしょうか。

最近では、某国技の協会理事長が、不祥事により引退することとなった人に対して「断腸の思いだ」とコメントし、多数の抗議を受けているとの報道があります。

理事長本人の正直な気持ちとしては、まさに「断腸の思い」なのでしょうが、多くの人々にとってはふさわしいと感じられないケースであり、皮肉にも「断腸の思い」の使い方について考えるには、適当なケースとなってしまったといえるでしょう。

「断腸の思い」という表現を、耳にしたり、あるいは目にしたりする機会があることと思います。

字面からして、腸を断つなんてどう考えても痛そう、だから、何か悲惨な思い・気持ちであるような推測はたつことでしょう。

ただ、正確な意味や使い方は、いまひとつわからないという方も多いのではないでしょうか。

そこで、「断腸の思い」とはどんな意味なのか、どんな風に使うのかについて、整理してみましょう。


意味

「断腸の思い」とは、はらわたがちぎれるような気がするということ、つまり、それほど悲しくつらい思い、という意味です。

ただ単に悲しいのではなく、悲しくて、つらくて、もうどうにも気持ちのやり場が見つからない、というほど激しくつらい悲しみを感じる場合にふさわしい表現といえるでしょう。

由来

この言葉は、中国の故事に由来しています。

昔々の中国で、ある武将が船に乗り目的地へ向かっていたところ、従者が子猿を捕まえて船に乗せました。

ところが、その子猿をなんとか取り返そうと、子猿のお母さん猿が船を追いかけてきました。

お母さん猿は、船を追って岸沿いを何キロも何キロも走り、やっと船が岸に近づいたところを狙って、船に飛びうつりました。

やっとの思いで子猿の乗っている船にたどり着いたものの、そこで力尽きてしまったお母さん猿。

しかし、残念ながら、命が尽きてしまったのでした。

船に乗っていたものたちが母猿のお腹を割いてみると、なんと腸がズタズタにきれていたのです。

このことから、はらわたがズタズタにちぎれるような悲しみを「断腸の思い」というようになったのです。

使い方?OK例

ここまでの説明からわかるように、とにかく苦しいほどつらい場合にふさわしい表現です。

たとえば、ある競技でオリンピック出場選手を決定する際、同じような実力・キャリアで、年齢的に最後のチャンスと言える選手が二人いたとします。

出場枠はあと一人。

誰もが二人にチャンスを与えたいと思っている状況です。

そこで出場選手を決定しなければならない監督なり協会は「断腸の思いで、一人に絞る」わけです。

また、引越しを機に自分の持ち物を整理しなければならない状況があるとします。

子供の頃、大好きだった人形やぬいぐるみが大量にあります。

新居に持っていくには多すぎる上、ずっと、いつかは処分しなければならないと考えていたとします。

これが良い機会、と「断腸の思いで、さよならする」

このように、「断腸の思い」という表現がふさわしい場合というのは、かなり究極的な場合といえるでしょう。

何かについて究極の決断をしなければならないような場面で使われることが多いといえます。

このような、ある種、極端な表現は、なかなか使う機会が少ないといえるかもしれません。

使い方?NG例

OK例でみたように、かなり極端な表現といえるので、軽いニュアンスで用いると、少しおかしな印象を与えてしまう恐れがあります。

たとえば、1等6億円を期待して買った宝くじ。

残念ながら全てハズレ番号だった場合に「断腸の思いで、破り捨てる」という使い方は、大げさすぎます。

仮に、全財産をつぎ込み一攫千金を狙っていた場合であれば、ふさわしいのかもしれませんが、10枚程度、夢を買ったにすぎない場合は、ふさわしくありません。

甘いものが大好きな人が、「ダイエットをしているので、断腸の思いでケーキを食べることをあきらめた」というのも、冗談としてなら面白い表現かもしれませんが、本来の意味で使うには軽すぎる場合といえるでしょう。

また、用い方という点からは、「ペットの猫が死んでしまい、断腸の思いがする」というのは少しおかしな用い方となります。

確かに、立ち直れないほど悲しくつらい気持ちではあるのですが、このような使い方は通常されません。

先にも述べたように、どちらかといえば究極の選択に迫られた場合に用いられる表現といえます。

「断腸の思いで?する」「?という事となり、断腸の思いである」といったように使うのが自然です。

類似表現

「断腸の思い」と同じような、どうしようもなく辛く悲しい気持ちを表す表現としては、「胸が張り裂けそうな思い」や、「身を切られるような思い」「胸がつぶれるほどの思い」「胸を締め付けられるほどの気持ち」「胸がえぐられる思い」などが挙げられます。

ただ、確かにどれも「痛そう」な表現ですが、やはり「断腸の思い」という表現の方がつらさがより強く表現されている印象です。

また、ほかの表現は単に悲しみを表す場合に用いても自然ですが「断腸の思い」は何かの決定に際して用いられる場合が多く、ほかの類似表現よりも使う場面が限られる表現といえるでしょう。

ここまで「断腸の思い」について整理してきましたが、意味・使い方についてご理解いただけたでしょうか。

最近では、某国技の協会理事長が、不祥事により引退することとなった人に対して「断腸の思いだ」とコメントし、多数の抗議を受けているとの報道があります。

理事長本人の正直な気持ちとしては、まさに「断腸の思い」なのでしょうが、多くの人々にとってはふさわしいと感じられないケースであり、皮肉にも「断腸の思い」の使い方について考えるには、適当なケースとなってしまったといえるでしょう。

この記事について、ご意見をお聞かせください

ステキ!

ダメ!

-